白門41会だより第27号創刊10周年特集号トップページへ 第26号へ (2003/11/1) 第28号へ 目次へ |
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| 学員歳時記 | 第17話・「新生会 山岳番付」のこと | 池田亘利 |
| 楽吾記 | 思うままに | 鈴木静子 |
| 行事参加報告 | “ゴルフの集い”にあなたも参加を | 田口昭夫 |
| 中大ハイク23km完歩・美酒に酔う!! | 田口昭夫 | |
| 檄 | 負けるな中高年、IT革命なんぞぶっ飛ばせ 第三話 ネットワークについて |
岩佐大三郎 |
| 案内 | 『白門41会だより』をホームページ掲載します | 宮田永生 |
| 特集(目次へ) | 白門41会だより第1号〜第26号目次 | |
| 編集後記 | 橋本紘治 | |
<学員歳時記>第17話・「新生会 山岳番付」のこと 新生会は昭和39年4月、大学3年生の時にクラスの有志で、勉強をとおして新しく生れ変ろうという意味で始めた「民法の勉強会」で、後に親睦会に発展したものです。 会は家族旅行はじめ登山等で大いに盛り上がり、39年目を迎え今日に至っております。特に登山は夏山登山を主に多くの山々に登りその記録を会の文集に掲載してきました。 「山岳番付」は登ってきたそれらの山々を評価し、相撲の番付にならい作成したものです。
新生会のこれまでの登山の歴史を特徴づけて振り返ってみますと、初期は昭和43年〜昭和57年頃で東北の山を中心に若さにまかせて突っ走った時期で、基礎を作った頃です。岩手山・早池峯山・鳥海山・月山・秋田駒・白山等の山々を登りました。中期は昭和58年〜平成3年頃で、惰性で登り続けたといってもいい模索期で、常念岳・上州武尊・燧岳・仙丈ヶ岳・白馬岳を登頂しました。 後期は平成4年〜平成14年で山登りの歓びがわかってきた時期で登ったのは、八ヶ岳・北岳・剣岳・槍ヶ岳・穂高山・裏銀・後立山・空木岳・薬師岳・黒部五郎岳の山々です。 今日、会員もすでに還暦を過ぎましたので、昭和43年から続けてきました夏山登山は平成14年夏、35回をもって閉じることになりました。 しかし時期をきめない、思いつくままの登山は今後も続ける予定です。そしてそれらの山を番付会議によって付け加えて毎年新しい「山岳番付」を作成してゆきたいと考えております。(池田亘利) |
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<楽吾記>思うままに 今年で還暦、定年退職と節目のある1年となるのだなあと思う今年正月の幕開けでした。正月早々、ひどい風邪を引き、体力的にも、弱くなったなあと思いました。(殆んど、風邪を引くことがめったになかった私ですので)
ここ数年体力が落ちてきたのを感じながら精神的には、仕事に落ちどがないように、気を使う毎日です。私は、仕事柄、高校生と一緒にスキー教室へ行って滑ったり、おしゃべりしたりします。若い生徒の荒っぽい言葉の割には、やさしい心の持ち主なんだなあとか、簿記のできない子に補講をしてやって疲れて終わった時、「先生ありがとうございました」の一言が、とても嬉しく感じるところがあります。できが悪い子が、検定に合格してくれると、自分のことのように嬉しく、充実感を感じます。このような若者との触れ合いが私の精神を支えてきたと思うと、退職後、それに代わる、心のよりどころをどこに求めたら良いのかが、これからの課題だと思っています。若さとは言えませんけど、健康な体を保つためには、趣味の社交ダンスで汗を流したり(身が少しは軽く動くような気がします)、 腹から声を出して歌う詩吟などは、もっぱら健康に貢献してくれるのではないかと期待しています。又、趣味の友達や学校時代の友人とワイワイ楽しくやるのもいいもので、今後共宜しくお願いいたします。 (鈴木静子) |
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<行事参加報告>“ゴルフの集い”にあなたも参加を 4月3日(木)、待ちに待った“白門41会ゴルフコンペ”が、今やホームコースとなった千葉県山武郡の「松尾ゴルフクラブ」で開催された。
この白門41会コンペも早いもので14回を数えるに至った。交通面では、京葉道路の千葉東JCTから東金道路に入り、山武成東方面へ進み、終点の松尾横芝ICをでて右折、800mでコースへご到着。平成5年開場の比較的新しい、一見武家屋敷風の門構えをくぐり抜けると、ゆったりとしたスペースで迎え入れてくれる。正に優勝者(ホールアウトするまでは全員)を迎えるに相応しい立派なたたずまいである。 当コースのメンバーである友景君のご尽力に加えて、法人会員権を利用して、全員がメンバー並みにプレーできるのも楽しみの一つであるが、毎回15〜16名では、ちと寂しい。 ★@参加決定……スコア−より 笑顔の数が 楽しみで ★Aいざ出陣……ゴルフなら 5時起きしても つらくない ★Bプレー後……湯上がりの 溜飲目当てに 今日も行く 18ホールで、6716Y全組キャディつきの歩き・・・還暦前後の健康増進にも丁度よく、全体的にはフラットな林間コースで、池・バンカーがやたらと目に入り、「おいで♪♪おいで♪♪」をしてくれる。さらに、グリーンはアンジュレーションに富んでいて、固まりかけた脳に適度な刺激を与えてくれる。 当日は生憎の低温寒風に震えながらのスタート、いつものことながらスタートしてみれば、内部から燃えて熱くなってくる。 ★Cショット……イメージに 逆らうボール 妻の使者 ★Dバンカー……いい湯だな 主人に背く わたり風呂 ★Eパー3………パー3 品物気にする ホールインワン ★Fパー4………ティグランド 立てばワンオン 結果チョロ ★Gパー5………聞き惚れる フルスイングの フォア−節 てな調子で、いろいろありましたが結果は、久しぶりに参加の細井君が密かな練習成果を発揮して優勝、HDCP3の石井君と同4の友景君がそれに続く、悪天候にはやはり強い、いつも楽しいゴルフの小松君、高橋君・・安定しているが、ちと不調の中村君、飛ばし屋で安定している岡田君はどうしたことか、前回・前々回等の上位入賞者である長内君、岸君そして紅一点の長内夫人はブービー争いと、プレー後の宴会を盛立ててくれた。 ★Hパーティ……夢中で 優勝の弁 他人談 ★I毎度の事……次回こそ 我が手中に 優勝を その後、幹事役の吉野君が平日プレーが困難なことに配慮して、10月4日(土)に小川CC、これも友景君にお世話になり実施。ホームページを見てください。次回は4月10日(土)小川CCで開催。是非とも今すぐに予定を、手帳に記入されたし・・・・。 (田口昭夫) 中大ハイク23km完歩・美酒に酔う !! 4月27日(日)恒例の「中大ハイク」が、学生部の企画で実施された。コンディションは、曇りで暑くもなく寒くもなく最高。約300名の健脚が高尾山祈祷殿駐車場に集合、いでたちも様々。大挙して参加の剣道部の諸君、毎年恒例の仮装の学生君(さん?)、重装備で登山暦◯◯年から、スカートに登山靴姿、背広にスニーカーまで、千差万別・老若男女の???集団。約23kmの工程に挑んだ。
我が白門41会の参加メンバーを紹介する。まず、スタート前に高尾山頂目掛けてジョギングに出発、その後まったく見えない最後尾から猛追、途中で仲間に合流の直井君・・・若いね。新緑に誘われて川向こうを歩き、途中で昼寝30分程度と漫遊気分で、仲のいいところを見せ付ける藤本夫妻。余裕シャクシャク、風景を楽しみながらスナップに収め、途中でウグイスの鳴き声に聞きほれる宮田事務局長と久保寺君。そこで一句・・・"涼風に 鶯鳴きて 絹の道"(宮田) 鳥のさえずりも、清流のせせらぎも、新緑や花水木の呼びかけにも目もくれず、ひたすら4時間完歩するに挑戦する田口夫妻。(結果は3時間55分とか、ご苦労さん) もうすっかり我がメンバーとなってしまった、42会の飯田君と46会の鈴木君は、ハイクも楽しかったが、メンバーとの会話がこれまた楽しいね・・・ホント? 拠所なき事情から応援参加の平山さんと馬渕君は、「どうせゴールは7時間後」と高をくくっていたが、飯田君の携帯電話にせかされて早く来て良かったね。 昨年とコースが変わり、かつ19kmから23kmに延びたが、それぞれに風景を楽しみながら、話題に花を咲かせ、思い思いにお菓子と飲み物を友として、ゴールとなる多摩キャンパスでは応援団の諸君が名前入りのエールを気持ちよく送ってくれた。実に気持ちのいい適度な汗をかいた。・・・・◯才は若返ったような。と言う訳で、高幡不動の「ジョナサン」で完歩と再会を祝して全員で乾杯!来年はあなたも参加を。 コース概要 高尾山祈祷殿→京王・高尾山口駅→町田街道→南浅川橋→水無瀬橋→八王子市役所→大和田橋→JR八高線→打越交差点→八王子バイパス側道→大塚山公園階段→絹の道→絹の道資料館→公会堂入口→下袖木交差点→中大南交差点→多摩キャンパス(田口昭夫) | ||
<檄>負けるな中高年、IT革命なんぞぶっ飛ばせ第3話 ネットワークについて 第1話でPC、第2話でOS(Windows)について述べました。第3話では、ネットワークについてお話します。
現在、インターネットという言葉はHP(ホームページ)を見るような意味合いで使っていますが、本来は、複数のネットワークが連携されたネットワークの事です。
現在のインターネットに代表されるネットワークも、その始まりは、今から33年前の1969年(昭和44年)です。PCが始めて発表されたのが1981年(昭和56年)、OS(Windows)が意識されたのが1983年(昭和58年)ですから、ネットワークの考え方が出てきたのは、それよりも10数年も前のことになります。 当時は東西冷戦の最中で、核やミサイル攻撃の脅威が叫ばれていた頃です。そんな中、アメリカのペンタゴン(国防総省)の高等研究計画局(ARPA=Advanced Research Projects Agency)がARPANETと言う新しいコンピュータ・システムを構築しました。それまでのコンピュータ・システムと言えば、ホストコンピュータを中心において、その周りに端末機(ターミナル=PCではない)を複数台接続した形になっていました。そして、ホストコンピュータと端末機はケーブルで接続されておりました。そのため、一つの建物の中に設置されているのが一般的でした。このような接続形態を「中央集約型ネットワーク」と呼んでいます。この形のシステムは、単なる端末機をケーブルで接続する場合と、PCを電話線で接続する場合と2つの形態があり、後者の場合は、一つの建物内だけでなく自宅等、遠隔地からホストコンピュータを使う事が出来るようになりました。このような形態のシステムは、パソコン通信に代表され、日本ではNIFTY、PC-VAN(現BIGLOBE)など聞いた事があるかと思います。この形のネットは所謂独立したシステムですので、そのホストコンピュータの使用資格で、他のホストコンピュータを使う事は出来ません。 ところが、このようなシステムは、今流に言えば、ホストコンピュータへのテロ攻撃で、簡単に破壊されてしまいます。そこで、ペンタゴンが考えたのが「分散型ネットワーク」と呼ばれるシステムです。当時考えられた「分散型ネットワーク」は、ホストコンピュータを複数台それぞれ別々の場所に配置し、それぞれのホストコンピュータを接続する形です。例えば、ワシントンとサンフランシスコにホストコンピュータを設置し、その間を既存のケーブル(電話線)で接続するという事になります。こうすれば一方のコンピュータが破壊されても、もう一方のコンピュータは健在と言う事になります。実際には、数10台、数100台のホストコンピュータがそれぞれ線で接続するわけですから、仮に10台のコンピュータであれば、一台のコンピュータから9本の線が出ている事になります。上の表現で、電話線で接続するという言い方は、あまり良くありません。 実際には、電話線を利用して分散されているコンピュータにアクセスすると言った方が正確です。この考えが、現在のインターネットの基本となっています。そして、電話線を利用した接続も、スピードアップを図るために、ISDNや今流行のDSL(NTTではADSL)に、さらに、光ケーブルを利用するようになり、動画や音声なども扱えるようになってきました。 つまり、インターネットとは、、それぞれ独立したコンピュータシステムを、相互に接続した複合的なネットワークの事で、利用者は、どのコンピュータシステムを使っているかを意識することのない、世界中を網羅したネットワークになっているのです。 さて、我々がインターネットを使う場合、ISPと言われるサービス会社を使います。ISPは、現在では色々とあり、CATV会社などでもサービスをしています。ISPはInternet Service Providerの略ですが、我々が、自分のパソコンからインターネットを利用する場合、何処かのISPに入るのが普通です。その理由は、自分の使っているパソコンに世界に一つしかない番号が必要だからです。この番号の事をIPアドレスと言い、簡単に言えば、住所に相当します。ISPでは、このIPアドレスを持っており、利用者はIPアドレスを借りることで初めてインターネットを利用できます。しかし、インターネットの利用者の増加と共に、パソコンの台数も世界的規模で増え、このIPアドレスが不足している状況が発生しています。いずれにしろ、各ISPは、諸々のサービスを提供しています。皆さんがこれからPCを買って、インターネット接続をする場合、どの様な ISPを選んだらよいかを考える必要があります。そして、希望の ISPに加盟し、その ISPの使用資格があれば、あとはその ISPを通じて、世界中のネットワークにアクセスする事が出来ます。 この辺の話は、メールやWEBのところで改めてお話します。 ネットワークは今後、さらに大容量、ハイスピード(ブロードバンド化)になって行くでしょう。快適なネットライフにチャレンジしてみてください。 (続く)(岩佐大三郎) |
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<案内>『白門41会だより』をホームページ掲載します 会報『白門41会だより』は、本年10月1日に創刊10周年を迎えました。この間、橋本幹事をはじめ広報担当各幹事のご尽力により発行数26号を数え、多くの執筆者とともに白門41会創立以来の活動状況や会員の様子が収められています。
10年の歳月も多忙の中ではあまり意識せずに過ごしてしまいますが、会報を読み返すうちに多彩な会活動、会員の思い、そして歳月の長さを改めて感じます。亡くなられた会員の文章からは元気な頃の姿が思い出されます。ぜひ再読をお勧めしますが、紛失された方も多いのではないでしょうか。 このため、会報のホームページ掲載を検討したところ、幸いにも会報印刷を依頼している富士印刷梶i社長・吉野幹事)に第3号以降の電子データが残されていることがわかり、第1、2号分を補充して、このたび全号掲載の運びとなりました。 掲載内容は、別掲目次のとおり、巻頭言、学員歳時記、楽吾記、総会報告、講演要旨、行事参加報告、随筆などとし、個人情報のMy Profileや総会資料などは省きました。 11月下旬からホームページに掲載する予定ですが、不都合が生じる場合は、修正又は削除に応じますので下記にご連絡ください。 <連絡先>白門41会事務局 ホームページ担当(宮田永生) |
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編 集 後 記 「白門41会だより」は、お陰様で皆様のご協力により、あっという間に創刊10周年を迎えてしまいました。
“歴史は繰り返される”とも言われておりますが、各号を一つひとつ振り返ってみると、懐かしい想いばかりが走馬燈のように心の中に描いてくれています。
常に編集委員の我が儘を聞き入れて、各号の紙面がいつもきちんと収まったことは、同胞の吉野君のご厚意の賜と思っており、感謝で一杯です。
今後は、41回の絆がなお一層強くなることを願っております。また、ちょっとした切っ掛けが皆さんに勇猛心を与えてくれることを信じておりますので、一人ひとりの日常のできごとをホームページの掲示板や葉書、電子メールなどを通してご一報くだされば、更に充実した会報になることは間違いないと思っています。積極的なお便りをいつも念じつつ…… 投稿先:橋本紘治 〒112-8551 東京都文京区春日1-13-27 後楽園キャンパス文系大学院事務室 Tel:03−3817−7432(直) Fax:03−3817−7444 E-mail:koji@tamajs. chuo-u. ac. jp |
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